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稽古日誌2
日時: 2006/02/01 23:25
名前:
佐山
前までのは返信数が100を超えたので、
過去ログへ移動しました。
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Re: 稽古日誌2
( No.81 )
日時: 2007/03/28 01:37
名前:
雑感
現在、土曜の東板橋体育館での稽古では、複数の団体がスペースを共用している。
その中に、合気道のグループが二つある。
一つは外国人を中心としたグループだ。
彼らは進んで場所を開けてくれ、ぶつかるとすぐに謝ってくれる。気持ちの良い人たちだ。
もう一つは、日本人のおっさんが教えているグループだ。
彼らは個人解放日でも専有道場のように振舞い、勝手に線を引き、ここから先には入ってくるなと言う。
そして、こちらが稽古中でも、正面に礼をするからと、手で犬猫を追い払うように「しっし!」と追い払われる。確かに我々はドラネコ商会だが。
この人達は、「礼」の意味が分かっているのだろうか?
失礼と礼の区別もつかず、何年「武道」をやっているのだろう?
これが、一流派の長に対し、一流派の長が振舞う態度なのである。その場で殺しあいになっても不思議はない行為だ。
つづく
Re: 稽古日誌2
( No.82 )
日時: 2007/03/28 01:48
名前:
雑感
つづき
しかし、私は我慢した。
なぜなら彼等は、黙想と称して目を瞑って座り込んでしまったのだ。
喧嘩を売り、目の前に敵を作っておきながら、その場で目を閉じて座り込む。
いつでも殺して下さいと言うようなものだ。
自分達がどのくらい間抜けなのかも気付いていないのだ。
彼等が稽古中、「護身」や、「実際なら…」といった単語を口走る度、私は苦笑する。
この師範は自分の流派内での地位が高くなったことで、それが外部の人間や、公共の場所でも通用する常識だと思い込んでしまったのだろう。
お山の大将という奴だ。
外国人のグループは、白人、黒人、スパニッシュ、アジア系、いろいろな人が来ている。
そのせいか、彼等のほうが異文化、異分野と接するという事の意味、礼儀を知っている。皮肉な話だ。
Re: 稽古日誌2
( No.83 )
日時: 2007/03/29 01:11
名前:
ぶらりことおいちゃん
合気道のグループには僕も二年くらい前に
不快な思いをしましたな。
江東区のある体育館が、
月1回無料解放になるのだけど、
武器術を我々がそこで稽古をしていたら、
後から来た
毎週その体育館で
稽古をしているという合気道の団体が
あからさまに不快そうな態度をとって、
「ここは俺たちの縄張りだ」とばかりに
我々を追いだしにかかったのだった。
当時僕はまだ若くて、50そこそこだったので、
そういう態度がまったく気に食わず、
そこの大将を、
気がつけば木刀片手に挑発していただよ。
あんころはまだ尻が青かったな。
今はそういうことされても、
もう悟りましたから争ったりしません。
それは50過ぎたら、
喧嘩なんかしたら、
僕の体が壊れてしまうという悟りです。
Re: 稽古日誌2
( No.84 )
日時: 2007/03/29 01:43
名前:
佐山>ぶらりことおいちゃんさん
好き放題やりたければ団体登録して貸し切ればいいんですけどね。個人解放日に商業的団体が入ること自体、規約違反じゃねえかって話ですよ。
喧嘩は50過ぎてからが円熟期なので、頑張って理不尽と戦って下さい。
Re: 稽古日誌2
( No.85 )
日時: 2007/04/13 11:40
名前:
近況
内弟子として前人未到の80段に達したノビ氏の帰郷。
茨城のT氏の半年ぶりの復帰。
タロ氏、昭和ハンサム氏、LIVIN' ON THE HEAT氏のスポット参加など、わりと激動の季節と言える。一気に平均年齢が上がった気がする。
最近、年寄りじみた説教や愚痴的な日誌が続いており、やや反省している。
これではまるで私が、偏屈で頑迷な取っ付き憎い人のようではないか。
これを機に言っておくが、本来の私はもっと偏屈で頑迷で取っ付き憎いので、これでも大分、我慢しているのだと理解してほしい。
もともと、まるで社交的な人間ではないのだ。みんな死んでしまえ。
Re: 稽古日誌2
( No.86 )
日時: 2007/04/13 23:25
名前:
ぶらり
うふふ。
そうこなくっちゃ。
Re: 稽古日誌2
( No.87 )
日時: 2007/04/14 22:54
名前:
雑感
>ぶらりさん
へへへ。言ってしまいましたよ。
今日の稽古では我孫子氏が、自爆を恐れずに回し蹴りなどを振り切っていた。
それがなかなか良いリズムを作っていたので、今後もその方向で頑張ってほしい。
杖を使った投げ、対刃物も少々。
しかし、無手で刃物を制するのは現段階では相当難しい。
だからと言ってやらなければ永久に出来ないのだから、まあ今後も折を見て研究していく必要があるだろう。
刃物を持つ側は、手刀の当身や投げがそのまま適用されるので簡単に応用できるのだが。
攻撃側の進化に防御側が追い付くのは何の分野でも難しい。
「ウイルスとワクチン」のいたちごっこだ。
Re: 稽古日誌2
( No.88 )
日時: 2007/04/23 15:26
名前:
佐山
21日。
我孫子氏、てまもとさん、茨城のT氏、そして新規に病院ベッド氏と稽古。
遅刻してしまい、病院ベッド氏には申し訳なかった。
うちのカラーを体験してもらうという意味で、ざっと色々な事を一通りやって、雰囲気を味わってもらう。
その後、鮒忠で軽く飲む。そして伝説へ。
Re: 稽古日誌2
( No.89 )
日時: 2007/04/23 22:35
名前:
病院ベッド
お礼が遅くなってしまい申し訳ないです。
先日は楽しませていただきました。
投げと間接を受けたことがないと言うこともあり、
とても新鮮でした。(あと青木氏w)
来週も時間が取れればぜひ参加させていただきたいと思っています。
どうもありがとうございました。
Re: 稽古日誌2
( No.90 )
日時: 2007/04/24 19:04
名前:
佐山>病院ベッドさん
はい、また化粧水を売りにでも来て下さい。
Re: 稽古日誌2
( No.91 )
日時: 2007/04/29 19:49
名前:
佐山
土曜。
東京に出て来たノビ80段、我孫子氏、茨城のT氏、病院ベッド氏と稽古。前半、当身中心、後半、投技。
稽古後、だるま屋で肉や内臓を焼く。
そして化粧水を一本頂く。
・メモ
我孫子さんに700円借り
病院ベッドさんに3000円借り
ノビ氏に3000円貸し
渡辺君に2000円貸し
Re: 稽古日誌2
( No.92 )
日時: 2007/05/10 11:36
名前:
佐山
水曜。
我孫子氏、てまもとさんと稽古。
外無双、下手投げ、肘を極めての投げ、各種足払い等。
我孫子氏の功夫が下がっている。
女にうつつを抜かしているからだろう。
てまもとさんは、示顕流的思想からか、平服での参加。
稽古後、さくら水産で我孫子氏ののろけ話(全て妄想)を拝聴する。
Re: 稽古日誌2
( No.93 )
日時: 2007/05/14 04:24
名前:
佐山
土曜。
メールでやりとりしていたK氏、ノビ氏、我孫子氏、田中ガス氏が参加。なかなかの盛況。
稽古後、「玉金」で散財。その後、うちに来て動画鑑賞会。
この日も我孫子氏は回し蹴りを振り抜いていき、K氏もその音に驚愕していた。
しかし案の定、夜中にスネが痛いとすすり泣いていた。
日曜。
茨城のT氏、我孫子氏、そして珍しいT女史が数カ月ぶりに参加。基本的なところから始めて、後半は難易度の高めの投技を稽古。
その後、シェーキーズで我孫子氏と野郎二人の食べ放題タイムへ突入。一瞬で腹いっぱいになって後悔。
炭水化物の食べ放題を楽しめる年齢の分水嶺を越えていたようで、周りのテーブルの学生たちが眩しかった。
もはや、白身の刺身などでちびちび日本酒を飲んでいたほうが良いのだろう。
Re: 稽古日誌2
( No.94 )
日時: 2007/06/10 20:39
名前:
近況
茨城のT氏が最近、皆勤で土曜稽古に参加している。
T氏からは、いつも稽古後に丁寧なお礼のメールが届くので恐縮する。
他にも、K氏、なぼ山さんなどが加わり、ドラネコ商会も新しい局面に差し掛かって来た感がある。
個人的にも、大学の合気道でお世話になった先輩や、中国武術の人との交流など、わりと活発に活動しているのではないだろうか。
技術的には、膝を使った崩しや、ハズ押しを応用した投げなどが加わった。どちらも表面化はしてなかったが、太極拳の動きの中に含まれていたものだ。
新しい発見は、古いものを熟成した時に出てくる。
Re: 稽古日誌2
( No.95 )
日時: 2007/06/21 00:21
名前:
バンダナの呪い
先だっては、ドラネコ商会の広告塔として、在家信者ながらも月1くらいで稽古に参加していた漫画家、田中ガス画伯が、夢破れて故郷へ帰るというので、送り出し稽古が行われた。
これが漢の生き様だとばかりに、我孫子氏と私のルール無用の残虐ファイトが白熱。体育館の畳は鮮血に染まった。我孫子氏は更衣室で外国人に、「オウ、ジーザス」と言われるほど、返り血で赤鬼のような様相になっていた。灰は灰に。
一方、田中ガス氏は、ペチッとフィンガージャブが顔に当たっただけでダウンして動かなくなるという、およそ有り得ないていたらく。連載打ち切りもむべなるかな。
しかし、ここ最近、商会員たちが、謎の肋骨痛、失恋、失職、都落ちなどのろくでもない不幸に見舞われている。大体、全部自業自得だが、悪い波がより大きなトラブルを呼び寄せる時期なのかもしれず、皆の衆は、警戒と注意をしてください。
Re: 稽古日誌2
( No.96 )
日時: 2007/07/16 18:57
名前:
アダムな夜(鈴木雅之)
土曜。今まで個人教授をしていたW氏が組手などを体験してみたいというので来てもらう。
W氏はドラネコ商会黎明期には、ノビ氏と共に稽古に参加していたのだが、肋骨を痛め(骨折?)、レギュラーの稽古からは遠ざかっていた。実に二年ぶりくらいの団体稽古への参加だ。
そして、初顔合わせの我孫子氏と組手。
スポッと真空状態に吸い込まれるように、前蹴りがW氏に入る。
さほど強烈ではない、タイミングだけの蹴りだったが、また肋骨が折れたらしい。
これでまた当分、稽古に来れなくなるのだろうか。
なんという不運。これもバンダナの呪いか。
Re: 稽古日誌2
( No.97 )
日時: 2007/07/22 03:42
名前:
とりとめなく雑感
人間の作り出した文化は、もともと人間の幸福の為にあるはずで、それはきっと武術にもあてはまる事だと思う。
ただ、武術にはそれ自体も意味があるが、今ある幸福を守りたいというリスク管理、保険とか銀行のような役割がけっこう大きい。
たとえば、思想や信条、誇りといったものは、生きて行く上で大きな意味を持つし、人によってはそれが存在の本質だと思っている人もいるだろう。
しかし、そういったものを暴力で覆されることを考えてしまうと、自由に考え、発言し、行動できなくなり、その人の精神は殺されてしまうことになる。
武術は、そうした不安をある程度取り払ってくれる。それが実際に役に立つかどうかはその時になってみないと分からないが、避難訓練を繰り返している事で、地震に脅えて眠れない夜が解消されるなら、それは意味があることだろう。
だが、逆に言えば武術は、守るべきものが無ければ意味はなくなるという事だ。自殺したい人間などには身を守る必然がない。
そこまで極端にならなくても、今、幸福でない、特に貫きたい思想や信条、誇りが無ければ、武術をやろうという意志は起こりにくいだろう。
なぜ、こんな事を言い出したのかと言えば、最近、何を守ろうとしていたのか、何の為に武術をやっているのかが、分からなくなってきたからだ。とても自分自身が空虚だ。
余人の事は知らないが、私にとって武術は、単に体を動かすのが楽しいというようなレジャーではないし、武術に対してそういう関わり方をする事には嫌悪感がある。
人を傷つけてでも守りたいものがあるという覚悟がないのに、遊び半分で他者を殺傷する訓練をする意味は、私にはない。
そういう意味で、最近、稽古が苦痛だ。
しかし、自分には武術しかないとも思うのだ。
特に結論なく、グダグダにこの項はおしまい。
Re: 稽古日誌2
( No.98 )
日時: 2007/07/22 12:08
名前:
ぶらり
これは実話ですが、戦争中、ある部隊に、
空手自慢のヤクザの男が入隊して、
ずいぶんと同期の兵隊を虐めたそうです。
虐められた人たちは相手が相手なので
歯を食いしばってその場を我慢したそうです。
しかしいざ戦場に赴くと、
腕自慢のヤクザは、からきし意気地がなくて、
ふるえてしまい、
敵へ突進することもできなかったということでした。
敵と命を懸けて果敢に戦ったのは、
その男から虐められていた
毎日を黙々と生きている兵隊たちだった。
それ以降、ヤクザの男は恥ずかしくて、
部隊では小さくなっていたそうです。
これはある本で読んだドキュメンタリーですが、
そのとき思ったことは、
本気に何かを守ろうとする者に必要なものは、
武術とかそういうことではないのじゃないか。
本質的なものはもっと別にあるんじゃないか、
ということでした。
武術を学ぶ意味あいが、それ以降、
僕の中では変わっていきました。
Re: 稽古日誌2
( No.99 )
日時: 2007/07/22 13:45
名前:
佐山>ぶらりさん
貴重なお話ありがとうございます。
暴力に対抗する姿勢として、たとえばガンジーやナイチンゲールのようなやり方もあるし、また、難病と戦う人なども、少し話は違うけれど、術的なものとは別の強さがあると思います。
それは、形は違えど自分自身の運命に向き合うという姿勢の表れだと思うのですが、そういう人間でありたいと思っても自分を変えて行く切っ掛けが見つからない事もあると思います。その切っ掛けとして武術があっても良いのではないでしょうか。
空手も、薩摩藩の禁武政策に対して、無手での抵抗の為に気の遠くなるような鍛錬を重ねて来た歴史があるり、その当時に帯刀した薩摩藩士に素手で立ち向かうというのは、戦場に赴く事と変わらない覚悟があったと思います。
それも、命じられて、巻込まれた戦争ではなく、自分達の意志で選び取った闘いだった事に意義があると思います。
だからまあ、武術が無力、ということでなく、そのヤクザ個人が駄目だったという一語につきるのではないでしょうか。
Re: 稽古日誌2
( No.100 )
日時: 2007/07/22 13:46
名前:
佐山>ぶらりさん(補遺)
もうひとつ。
船越義珍が本土に空手を普及して一般に門を開いたのは大体1940年前後、世界大戦が1939年からという事を考えると、それ以前に本土で「唐手術」を習えた人間というのは限られた帝大、慶應生などであったということ。
そして沖縄での空手家像では、無闇に拳ダコをちらつかせたり、空手をやっている事を吹聴したりする人間を「突き武士」と言って軽蔑の対象とし、空手をやっている事など感じさせないように振舞う人を「隠れ武士」として賞賛したという文化があり、そのころ名人と言われた人には、酒場で絡まれた時、「自分は空手はやっても喧嘩はしない」と言って、相手の股の下を潜れという要求に、大人しく従い、それによってますます名声を上げたという逸話があります。
なので本当にその男が空手を学んでいたのかは、いささか疑問です。当時公開された映画「姿三四郎」のイメージに便乗しただけの何ちゃって野郎だった可能性が高いと思います。
また、空手の名誉にくわえ、ヤクザの名誉の為にも言い添えると、敗戦後、占領軍の強姦などの横暴な行為に対して警察などは無力でしたが、その当時、自治的にこの国の弱い人々を守ったのは任侠道に生きた人達だったこともフォローしたいと思います。
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